本年の東京地方のソメイヨシノにとっては異例の遅咲きとなりました。平年より5日遅く、昨年の開花が確か3月14日だったので、今年の29日は2週間程遅れた事になります。ちなみに東京で一番遅い開花は1984年の4月11日だそうです。40年も前の事なので、昭和の時代ですね。いわゆる「59豪雪」と呼ばれ日本列島が豪雪に見まわれた災害の年でした。その冬は東京でも降雪日数が22日に及び、都心では22cmの積雪があったとか。なぜか、あまり記憶にないのは、未だNAOコーラスグループの活動以前のためだからかも知れません。
いずれにしても、冬の気温が著しく低いとソメイヨシノへの影響があるようなので、今年も意外と寒い日々が続いたのかも知れません。一日の気温の寒暖の差が激しい日々が続き、感覚が少し麻痺しているのでしょうか。桜の緑っぽい固そうな蕾をみているとそんな気がします。
さて、このお便りでも荒川堤の五色桜については何度かご紹介させて頂きました。江戸の里桜の歴史を蘇らせ、かつ「史跡名勝天然記念物」として堤の桜並木が指定された事実は、地元はもとより地域としても貴重な歴史として伝えられていく必要があると思います。
ただし、五色桜にとっては20年にも及ぶ荒川放水路の開削事業の影響は、計り知れないものがあります。当初植樹された78種3225本の桜は、放水路完成の昭和5年には激減しました。区のホームページでは、開削工事の因果についてはあまり触れていません。激減した要因として「交通量や花見客の増加等で桜の樹勢が衰えていき、第二次世界大戦後は薪としての伐採が続き、昭和22年頃、桜は姿を消しました」となります。このへんのところは資料を手掛かりに丹念に調べていく必要があるかと思います。
とはいえ、本年が荒川放水路通水100周年です。岩淵から下流の22km、幅500mの川が出来る前は地続きだったと言われても想像し難いものがあります。土地の人に聞くと、昔あの川の中ほどに住んでいたとの話も伝わり、曾祖父母まで遡らなくてはいけません。
たまたま、五色桜が植樹される前から住まわれている子孫の方とお話しますと、「昔は何も無かったんだから」という言葉に荒川堤が集約されているような気がしました。いよいよお花見の頃合いですが、SNSで情報が瞬時に伝達される現在では猶更、歴史が遠ざかる思いがします。 |
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